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    Author: Ka-kun & Ananya
    現在アメリカの片田舎に在住。音楽とサッカーとB級グルメをこよなく愛する2児の父&そんな私をいつも陰から支えてくれるうちの嫁さんです。

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キューバを去る〜そしてアメリカ再入国!

2006年09月28日[08:27:27]
キューバ早朝の便でカンクーンに向い、約5時間後、いよいよアメリカダラス空港へ厳重なアメリカン航空のチェックを受けて無事出発しました。
液体持ち込み規制がまだ続く中、持ち込みカバンの中からひなことかなこのスプーンとフォークが出てきました。クレイジーなアメリカ人、子供のフォークすらNGを出して、没収!捨てられたのです。

いや〜な予感。
私も主人も例のブツ、もうだめかもね。
なんて話していました…。

さてアメリカ入国審査、意外と普通にパス。
税関審査に来たときはかなりみな通過した後で、ほとんど人はいませんでした。のろい日本人カップルと一緒に税関ゲートに向かおうとしたとき、侵入路を間違えてしまい、税関にあきられてしまった私達。
これが功を奏したのか、2人の幼い子供を連れて疲れた顔を演技した主人の努力が功を奏したのか、ちらっと5つもある荷物を一瞥を投げて、OKサイン!!

いやったあああああ。

ゲート通過後、サッカーで痛感のゴールも決めたときと同じくらいうれしそうに
大騒ぎしていたご主人さま…。

最後のアメリカは私達に優しかったように思えました。

さて泊まったのは空港のGrand Hyatt Hotel。
200ドル近く高かったのですが、素晴らしい!
アメリカのホテルで味わったことのない、日本の高級ホテルと同レベルで大満足。ボーイさんも出発時には空港カウンターまで荷物を運んでくれるなど、子連れにはうれしいサービス。しかもお食事も洗練されていておいしいのです。

アメリカ最後の夜、奮発してドルばらまいてきました。
(そんな言うほどでもない…)。
ご主人様へのご褒美と称して、私たちも便乗「ごっちです!」


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最終的にはアメリカっていい国だったなあとしみじみ。
終わりよければ、すべてよし!

明日はいよいよ日本へ戻ります。
寝坊しませんように…。

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キューバ5日目

2006年09月27日[21:26:30]
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キューバ滞在5日目。あっという間に毎日過ぎ、というか、子供が
引っ越しと大移動にお疲れ気味でのんびり過ごしています…。
目新しかったクラシックカーもタイムスリップしたような古い街並もさすがに目が慣れてきて、そろそろちゃんとした資料館でも行こうという話に。

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そこへ行くにも今日もペソが足りない!
え、昨日も換金したのに…。
それもそのはず、国交のないアメリカドルは非常に率が悪い上に(1ドルで0.8ペソくらい)1回に付き200ドルの手数料が必要になるのです。

ドルが使えるというガイドブックの情報が古かった!
キューバにアメリカから来る場合はユーロに換金することをオススメします。

キューバというラムと葉巻と砂糖以外産業のない貧しい国は、観光という産業で
外貨から収入を得ているらしい。

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さて行ってきた革命資料館。
館内はスペイン語での説明でほとんど分からない…。

やっぱしスペイン語勉強しとくべきだった〜。
子供たちもあっという間に退屈になってしまい、速攻で退散いたしました!

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次に向かったのは新市街の革命広場。観光名所でバスも立ち寄るくらいなのですが、とにかく何もなくて、チェゲバロの夜になるとビルに浮かび上がるというビルだけ見ると、もう終わり。タクシーを待たせること、5分、あっさり帰りました。

せっかくだからもうちょっと観光しようということで、ハバナラムの工場を見学してきました。ここは英語のガイドも付けてくれて一人5ペソ。やっと観光らしくなり、ラムの試飲。

Mojito(モヒート)というキューバの代表的なラムに使われるホワイトラム、
どうしても持って帰りたくて、2本買ってしまいました。
しかもキューバ葉巻きもここで5箱も購入!

日本へのtransitでアメリカのダラスに1泊する予定の私達。入国するとき、もちろん税関も通過しなければならず、没収されることもあるというガイドブックの警告に一抹の不安がよぎりながらも、店員の没収される前に飲み干したらいいとかタバコ吸い尽くせばいい!!という言葉に楽観的に買ってしまいました。

その後、ホテルでどうやって隠そうかと悩んだのは言うまでもありません。

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といいつつも、まずはモヒートを飲んで考えようと、ホテルのプールサイドでモヒートで乾杯。ミントの葉が枝ごと入っていて、ここの気候にはぴったり。


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キューバ最後の夜は泊まっていた5つ星のホテルSaratogaのプールサイドで食事にしました。高級ホテルなのに、ホテルでの食事が意外と安い!旧市街のレストランで食べるよりよっぽど安かったのです。ホテル宿泊者にはとても良心的なこのホテル、オススメです。

ちなみに、キューバの食事、おいしかったとあんまり満足することが実はなくて(お酒はおいしいんだけど)、ホテルの食事が一番おいしかったのです。
そこのホテルの職員用のまかないめし(キューバ料理)を分けてもらったのですが、これもおいしかったです。
1歳半のかなこの非常食用に日本の離乳食のレトルトを持ってきていましたが、
発展途上国とも言えるこの国、電化製品が非常に遅れていて、電子レンジなるものがあまりなく、使えませんでした。その代わり、旅行者向けなのか、イタリアンやフランス料理、スペイン領の名残でスペイン料理が多くありました。

さて明日はいよいよキューバ出国です。

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キューバで号泣!

2006年09月27日[20:55:26]
キューバで4日目の夜のこと。
眠さも手伝ってたとは思うけど、ひなこが突然わんわん
泣き始めた。

「アメリカにいたい、日本に帰りたくない」と。
たった4歳、こんなに小さいのに、ちゃんと別れの意味を理解していて、
小さな心を痛めている…。
アメリカ大好きになって、未練たっぷりだった私とひなこ。
一緒になって号泣しました…。
主人もひなこをしっかりハグハグしながら涙目に。

大好きだったお友達や仲間との別れ。
最後まで会いに、手伝いに、見送りにも来てくれた…ともだち。
NYから電話をしてきてくれた友もいた。

また会えるよ。

その説得を聞きながら、「日本に帰ったらじいじやばあばがいるし」
と自分に言い聞かせている。
しっかりしてきたひなこ。

我が子の成長ぶりがまたうれしいです。


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Varadero

2006年09月27日[15:24:22]
キューバ4日目。今日はカリブ海一番美しいと言われるVaraderoに行ってきました。ハバナから車で2時間くらいのところ。最初はレンタカーを借りてと思っていましたが、ホテルのツアーデスクが1日のレンタルはできないと言うので、めずらしくツアーを利用することに。

朝7時半、パジャマ姿の子供達を無理矢理起こして連れて来た私達の前に現れたのは、グランブルーの映画に出てきたジャン=マルクバール演じるジャックのような穏やかな笑顔の素敵なアレキサンダーとサングラスの似合うタクシー運転手ラルクの二人でした。これでガイド、運転手付きでビーチまで行き、ホテルのプライベートビーチとシャワー、ロッカールームを利用でき、昼食も込みで190ペソは安かった…。子連れにはありがたい彼らのエスコートでした。

そして珍事件は起こりました。

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警察による突然の通行止め。もうもうとした煙。
え、何?オーバーヒート?火事?交通事故?

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なんと、原始的なことに、蚊除けの防虫剤を散布していたのです。
ハバナとバラデロを結ぶ1本線の道路の中間地点でもある大きな橋の手前で、
車はすべて停止させられ、乗客は全員おろされます。
そして防虫剤を車内に散布、密閉すること3分。
これで、伝染病を媒体として運んでしまう蚊をシャットアウト。
50年前に黄熱病が発生して以来このシステムを続けているそうです。
後ろにいたヨーロッパから来た旅行客、
全く意味がわからなかったようで、呆然。
そして全く英語の話せない警察官。

自分らでレンタカー借りてこなくて良かった〜とつくづく思いました。

さて、ビーチ、期待を裏切らない美しさでした。過去一番かも知れません。

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そして実はトップレスOKだったこのビーチ。
おっぱいの垂れた老婆も美しいスタイルのいいヨーロッパ人も
おてんとさまの下ではみな平等でした。
「たあたんもしようかな」という私に「だめ〜」とひなこ。
明らかにうそとわかったのか、目が笑ってました。

4時まで海を満喫した後は、帰りの車で爆睡。
アレキサンダーの英語の通訳があるおかげで、快適に過ごせました。

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夜はおととい間に合わなかった大砲の儀式のリベンジです。
中華街で夕食をとり、タクシーでカバーニャ要塞へ。

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この儀式、毎日9時ぴったりにたった1発だけ大砲を撃つというだけの話なのですが、これがなぜか観光客に大人気でかなりにぎわいます。正直、これだけなので、見る価値があるかどうかはわかりませんが、とにかく混みます。夕食は要塞の中にもレストランがあるので、そこで食事をして、チャゲバラの資料館でも見て9時を待つ事をおすすめします。

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35回目の誕生日

2006年09月26日[12:25:01]
何を隠そう今日は私の35回目の誕生日でありました。

キューバで迎えた35回目の誕生日。
二十歳の頃の自分が想像していた35歳。
多分全然違う気がする。
結婚して、子供もいて、いっぱしの社会人として収入を得て毎日平穏に(?)暮らしている。
でももっと大人の印象だった。
未だに学生時代と同じ何かを求めてさまよっている。
というとかっこいいが、結局精神年齢があまり変わっていない、、、

Happy Birthday To Meという事で嫁の勧めもありすこし贅沢をする事にした。
モヒート、海、サルサ、ソン、、、

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誕生日を祝って一曲やってくれました。


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これこそお金には換えられない価値がある。

20年後の自分。
想像できん、、、。

でも今日感じた事を失わないでいたいなあ。

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Cubaの物価

2006年09月25日[21:05:07]
ソ連の崩壊、アメリカからの経済制裁、工業の衰退、時代の波にのまれたキューバが目指すのは環境業を中心としての国の立て直しであります。

ドル、ユーロなどの外貨を獲得したいキューバでは、観光客はまず銀行へ行って国が発行するCucという観光客用のペソに両替しないといけない事になっています。

1USドルが約0.8CUCです。

それでもって食事なんかに行くと安いところでも一人5CUCはかかってしまいます。

しかし、キューバ人達がそんな高いお金をはらって食事をしているわけがありません。
キューバ人達は人民ペソを使っていて1ドル約25Pesoぐらいです。
食事をしても25ペソもあれば十分です。

つまり観光客には物価の高い国という事です。

しかし裏技があります。

やみ両替でこの人民ペソにかえてジモティーたちの行く屋台や定食屋みたいなところにいけば物価は10分の一以下になります。

ここではPolloの炒め物20peso、デザートのプリン5pesoぐらい。

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Cuba 初日

2006年09月24日[23:44:48]
青い空、明るい人々、スペイン・コロニアルの情緒を残す街並み、道行くクラシックカー、すべてがキューバの魅力。

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ホテルから見える Capitolio Nacional(旧国会議事堂)
1929年建築。
何かに似ている…、そう、アメリカのWhitehouseがモデルというのだから何とも皮肉な話だ。

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泊まったホテルはその真ん前。
うちにしては珍しく5星の高級ホテル。www.hotel-saratoga.com
見るからに格式高そうで、雰囲気もエレガント。
もちろん食事もおいしいし、屋上にはプールとバー。2階のバーも24時間開いていて、キューバ音楽のライブもある、痒いところに手が届くほどである。
しかもフロントにはいかつい黒服のガードマンがいて
24時間ホテルの安全を守ってくれている。
さらにインターネットは1日24時間25ペソで部屋の中でできるように設置してくれ、超快適!

さて今日の予定は…。
昨夜遅くに着いて睡眠不足な子供達を休ませながら、遅めの出発。
市内の観光用にとココナッツカーや人力自転車や馬車がひっきりなしにホテル前を走っていて、それを見て馬車に乗りたいといったひなこ。1時間で30ペソ、だめもとでまけてくれと言うと、25ペソに。乗る事にした。

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おしゃべりな67歳(めちゃ元気)なおじさんが一緒に乗り込んで観光案内し、手綱は若い息子に任せていた。暑いキューバの日差しのもと、てくてくと歩く馬車に揺られるとおじさんのスペイン語なまりの英語でだんだん眠くなってくる。時折吹いて来る海風が心地よい。旧市街地をだいだい一周して、オビスポ通りに立ち寄った。

やってました、キューバ音楽をあちこちのバーレストランで。

この国、アルコールは全然OKらしく、自販機もあれば、歩きながら飲んでいる人も多い。24時間やってるバーも結構あって、朝からmojito(モヒート)という
キューバラムにミントが枝ごとたくさん入ったカクテルを飲んでご機嫌。バーに入ると、昼間っからあちこちでバンドの生演奏が。

ここへ来た理由、
そこには音楽があるから…。
こういう生活に密着した音楽を楽しみたかった。
ブエナビスタソシャルクラブを知っているからでもあるが、
道ばたでもやってるような音楽の国に行きたかったのだ。
ブラジルも然り。
貧しくても音楽のある国はみな明るく幸せそう。

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ちなみにブエナソシャルクラブのシンガーは今、新市街にあるNational de Cubaというキャバレーのあるホテルで歌ってるらしい。明日はそこへ行こう!

馬車に揺られすっかり眠くなった子供達を連れて、一端ホテルへ戻り、
部屋でお昼寝とした。

熟睡すること2時間。

目が覚めたらもう夕暮れだった。
すぐ近くに中華街があったので、そこで夕食をとることにした。

途中、迷いながら歩いていると、アフロ頭と長髪で真っ黒に日焼けした日本人らしき二人組の男の子をみかけた。「日本人?」その声に振り返ってくれた二人はここへ来て9日目らしい。一人は3年あまりこんな貧乏旅行をアジアとアフリカでしてきて、いよいよお金がなくなってそろそろ日本へ帰るらしい。最近、こんなたくましい若者によく出会う。もう一人は中南米を旅行していて、ここで二人は出会ったらしい。彼らが中華街を知っているというので、案内してもらった。

中華街は細い路地の両側に所狭しと店があり、キューバ人がチャイナ服を来て客引きしている光景は違和感さえあった。
味は中国の中華に似ていると思った。
アメリカの甘くて茶色いほどにしょうゆたっぷりの中華とは全く別ものだった。

夕飯を済ませると、9時に大砲の儀式があるという海岸沿いのカバーニャ要塞へとタクシーで向かった。急いだつもりだったか、間に合わなかった。
ま、明日また来るか。

ここでたくさんの戦士が亡くなったと思われる、要塞。
夜風がちょっと不気味だった。













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夢の島〜Cuba〜へ

2006年09月23日[23:18:23]
シャトルバスに振られ、仕方なくタクシーで余裕を持って空港へ行くと、
いきなりメキシカーナ航空のカウンターでお約束の飛行機キャンセル。

「Por que?」

と聞くと、あたり前のように理由はないといわれた、、、。
夜8時40分の飛行機を待つか、明日またこの時間のフライトに乗るか。
そんなもん、今日に乗るしか選択の余地はない!

しかも荷物も預かれないと言う。
子供(睡眠中)+荷物7個もってどうやって次の便まで7時間もまつ?

ぶちぎれたわしを見て偉いさんが来てあわてて昼食券を発行した、、、
ラッキー!約60ドル分、子供もお腹が減って来て機嫌もちょうど悪くなったことだし、さっそくレストランで怒りのランチ。

そしてそこで、なぜかの停電。
カンクーン空港、怪しすぎる…。

気持ち悪くなるほど、食べまくって、一体どうするか途方にくれる。
とにかくこの重すぎるトランクを預けたい。
探しまくって、言われた通りに行くと、アルミ色のコインロッカーがそこにはあって、鍵を持ったちょっとおかまっぽいおじさんが立っていた。
出た、ミスターX !!
普通のコインロッカーのくせして、鍵を自分で抜いて管理している怪しいおじさん。無人でいいはずなんだけど???

身軽になったことだし、再びカンクーンに戻ることにした。
これも微妙にケチってバスで戻ることに。
空港内のカウンターでバスチケットを購入し、
指定のバス停に行くと、赤いカンクーン行きのバスが2台並んでいた。
ともにエンジンが着いていて、ほぼ満席、発車オーライの状態だった。
チケットを見せると運転手がこっちと指差した。
何の疑いもなく、乗り込んだ。

これが間違いだった〜!

バスで揺られること30分、子供はご機嫌だったけど、一向にホテルゾーンに着かない…。そのバスは思いっきりダウンタウン行きで、終点はバスセンターだった。

冷房のない蒸し暑いバスセンターに取り残され、全く英語の話せなさそうな
メキシカンをうらめしそうに眺める。だめだ使えん…タクシー使おう。

再びタクシーでカンクーンホテルゾーンのライスラショッピングセンターへ。

ここにはイルカと一緒に泳いだりできる水族館がある。
泳ぎはしなかったけれど、ひなこはイルカが見れて大満足。
なんとか時間は稼げ、夕方何事もなかったように空港へ。

今度はオンタイムの出発するとのこと。
はあ〜今度は大丈夫そうだ。
ゲートに向かうとそこには大量の中国人が。
この人らもキューバへ???
何しに行くんじゃろう???
そのださすぎる中国人たちをおもしろがって見ていたら、
急に慌てて去っていった。
もしやと思い、確認したら、出発30分前にゲート変更しやがった。
悔しいけど、中国人の後を着いて行くわし。

8時40分ようやくHabana行きの飛行機に乗る。

小さなジェット機で、乗り心地は結構よかった。
いやあ、長かったなあ。
ついに夢の島キューバへ、、、。

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ちなみにすべての荷物がinspectedを受けていて、開けた形跡があった。
一つのトランクの中の箱に入れていた中身のアクセサリーがなくなっていた。
メキシカーナを利用するときは鍵をした方がいい。
最もアメリカに入る時点で鍵がかかっていたら必ずこじ開けるので、
貴重品を手荷物にして、ベルトくらいにしたがいい。

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Cancun

2006年09月23日[23:13:11]
旅の最終目的はキューバ入国。

マイレージでただで買ったアメリカン航空のチケットを使い、
マイアミ乗り換え、順調にカンクーン入りしました。

カンクーンは2回目だし、今回はほんとに立ち寄っただけ。
ホテルも微妙にケチってキッチン付きのコンドミアムに泊まりました。
前回来たときに比べると高層ビルのホテルがさらに増えて立ち並び、ちょっと
観光地化が激しすぎてげんなり。
それに比べるとコンドミアムはキッチンも付いていて広くていいですね。
ちょっと古かったけれど、問題なし、快適でした。

これまでの疲れもあるし、のんびりすることにして、マルガリータを飲みながら、ビーチでごろごろ。そのホテルのプライベートビーチにあるバー&レストランが意外にいけたので、食事もそこでのんびり過ごす事に…。
張り付いていました。

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さて翌日はシャトルバスが11時半に迎えに来るとの!!
11時ころよりロビーでうろうろしていたら、ボーイさんが「シャトルバスが来ています」と呼びに来てくれました。しかし行ったときにはもういない…。
この間わずか5分。
せっかちなメキシカン、停車時間は5分だけらしい。

怒って食いついたのは旦那様(彼の得意とする分野)。
20ドルも払ってカンクーン空港とホテルの送迎を頼んでいたシャトルバスの会社に電話をしました。

「11:30(thirty)って言ったじゃないか」
「そんなことは言ってない。11 o'clockと言った!11 o'clock,sir !と。」

どうやらお互い聞き間違えて理解していたらしい…。
もう一度迎えに来てもらおうとしましたが、シャトルバスもたくさんのお客さんの送迎を分刻みでこなしている身の上、不可能に近く、
結局、空港まではタクシーを呼んでもらいました。

これがその日の元凶の始まりだったと気づこうとは…。

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最後の別れ〜出国

2006年09月22日[23:08:19]
昨夜もやっぱり友人宅で朝4時頃までバンドのメンバーが集まって送別会。
懐かしいこれまでのバンドのライブ映像を振り返りながらの語らい。
そしてこの前のライブが一番バンドとして成熟していたと…。
バンドとしてわずか1年にもならない彼らがここまでまとまったのは、それぞれが経験者で個人技があるのはもちろん、週に1、2回の熱心な練習の成果だったと思います。うらやましいくらいでした。

さて今日は朝6時ころ友人宅を出発。飛行機は8時25分発。
朝早いのに、Nファミリーは全員見送りに来てくれて。
ひびねちゃんが大泣きしているのを見て、ひなこも「泣きそうだからもう行く」と言ってました。
そして朝近くまで飲んでいたバンドのメンバーもサッカー部の人らも駆けつけてくれて。ほんとにみんなありがとうございました。

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愛という名のもとに?

2006年09月21日[22:03:09]
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この写真を撮ってすぐにみんな「何かのドラマみたいや」と口々にのまたう。
男女七人夏物語りだとか、東京物語だとか、「愛という名のもとに」みたいだとか。

確かに若くはないし、妻子持ちが多くて恋愛のどろどろとしたドラマこそなかったけれど、学生のようにしょっちゅう集まっては食べて飲んで、語り合い、肩たたきあいながら笑い、サッカーを通して絆を深めていったこのチーム。
最初、数人の寄り集まりの草サッカーから始まり、士気を高めていって、組織的なチームとなり、練習に練習を重ね、試合前には作戦会議と称して集まり(結局酒を飲んでいる)、州大会では銅メダルではあったものの、各々が100%の地力を出し切り、満足の行く試合内容であったことはこの2年あまりの短期間で成せる技ではない、奇跡に近い。
みんなほんとに上手になりました。

大和魂健在!

そんな男気あふれるチームです。

それを陰で支える妻子軍団。
大和撫子ほど健気ではないけれど、おいしいものを作ってねぎらう姿勢はみな同じ。夫への愛をそれぞれ感じます。

2年半を振り返ってもほんとに濃厚な付き合いでした。
みんなありがとう。
みんながいてくれたからこそ、ここでの生活があったと思います。

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出国前日〜家の引き払い〜最後の晩餐

2006年09月21日[00:25:54]
今日はひなこは最後のプレスクールの日。
約2年お世話になった先生やお友達と最後の別れをして帰ってきたひなこ。
ちょっと悲しそうな表情でした。

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大好きだったお友達とハグハグ。

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その頃、私達は家でゴミ捨て、大掃除、最後の荷造りでてんやわんや。
タイムリミットは夕方5時まで!!
サッカー部のいつもの仲間が「こんなことやろうと思った。手伝いに来たで〜」「ごみ捨ては任せて!」とやってきてくれて…。
本当に最後までお世話になりっぱなしの我が家。
ホントにありがとう…。
そういいつつ別れを惜しんで最後まで付き合ってくれたんだよね。
ママ友達もおにぎりやバナナケーキの差し入れを持って来てくれました。

小さな子供が二人いてはなかなか荷造りできないもの。しかも毎晩送別会、環境の変化や疲れで、添い寝をしないと夜泣きをするようになったかなこ。夜中の荷造りも進まなかったのです。「これ捨てたらだめ〜」というひなこの目を盗んでのおもちゃの処分。思い出はあるけど、捨てなくてはいけない数々のがらくた。
ゴミ袋30くらいあったでしょうか。

夕方、友人が迎えに来てくれて、ようやく6時に2年半お世話になった家との別れ。最後の晩餐のため、ステーキハウスに向かったのでした。

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夜は友人宅で一泊泊めてもらい、翌朝は空港へ。


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Farewell Party

2006年09月20日[12:43:48]
主人の職場の人たちがFarewell Partyを開いてくれました。



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The last Music Together class

2006年09月19日[12:39:43]
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ここへ来てすぐに始めたのが音楽教室、Music Together。
Suzanne先生はとても情熱的な先生で、その授業はたとえ歌詞を知らなくても、
歌を聴いたことがなくても、その魅力に引き込まれてしまいます。
通い続けて2年半。途中にはかなこの出産で行けなかったシーズンもありましたが、彼女の息子Zack(今20歳くらい)に日本語を教えることがあって、それを機にぐっとさらに仲良くなりました。

彼女はすっごくやさしいくていい人。日本でも教えて欲しいなあと思っていたら、Music Together、実は東京などにはあるらしく、これから沖縄、神戸、横浜など7都市に開設する予定らしい。Suzanne先生も来夏、日本に行って講師に教えるらしい。

http://www.musictogetherwithsuzanne.com/

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歌が始まった途端、分けもなく涙があふれてきて止まらなくなりました。
それをみて、つられて一緒に泣いてくれたゾウイのおばあちゃん。ゾウイとそのおばあちゃんとは同じ時期から始めたいわゆる同期みたいな感じ。
彼女も今では3歳半、大きくなりました。

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The last playgroup

2006年09月18日[12:32:50]
毎週月曜日にあったplaygroupもついに私にとって最後の日がやってきました。
みんな私のためにFarewell Partyをこっそりサプライズで準備してくれてて…。いつもの公園に集まってシャンパンで乾杯、お互いに別れを惜しみました。

思えば、2年半もの間、よく食らいついてがんばりました。
最初は早くて全くついていけなかった英語。
たくさん英語を話したいのに子供に振り回されて、結局全然話せなくて、何しに公園に来たの!意味あるの?と自問自答することもありました。疎外感を感じなかったのはメンバーのみんなが優しく気にかけて話しかけてくれたからだと思います。

何回も聞き返すのがいやになり、分かったふりをしていたのも、つかの間。
すぐにSusieにはばれてしまい、「分かった?」と心配してくれていた彼女。
簡単な言い回しに直して話してくれたり、発音や文法の間違いを直してくれた頭のよいSteffi(実は弁護士)。
いろんなウェブサイトを教えくれたり、いつもゆっくり話してくれたおしゃれなElizabeth。
韓国人で価値観や味覚が似ていたJennifer、たくさんのことを話しました。
同じく弁護士でフル復帰して来れなくなったLynn。
在日3世で日本語は話せないけれど、発音は聞き取りやすい癒し系Yvette。
実はHooty and Blow Fishという有名バンドのキーボード担当が旦那さんだったという芸能人妻には見えない控えめな女性Sara。

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SusieとJohnがチョコレートケーキを作ってきてくれました。

Yvetteはパイナップルとアーモンドのハワイ風ケーキを作って来てくれました。

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みんなからは餞別にアルバムをもらいました。
私がお菓子を作るのが好きと知って、アルバムにはそれぞれの自慢のレシピを持ち寄って思い出のいろいろな写真と一緒に貼ってありました。
すごく感動して泣いてしまいました。

このプレイグループに出会えて本当によかった。

また会える日まで、さようなら。





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Mr.Hugh

2006年09月17日[12:36:40]
ここへ来てからすぐ始めた英会話のレッスン。毎週月曜日の夜はどたばたしながら子供を寝かせ、9時から1時間半、Hugh先生に教わりました。
約2年半、雨の日も風の日も遅刻することなく時間通りに現れ、きちんと授業をして下さった先生。彼のおかげで英語が伸びたのは言うまでもありません。

実は彼、カリバリートというローカルバンドで演奏するプロのサックスプレイヤーでもあり、彼とは共通の音楽という趣味を通して、いつの間にか師弟の関係を越えて付き合うようになっていました。彼のバンドが演奏するときは必ず駆けつけたし、彼も主人のバンドのライブにはほとんどと言っていいほど参加してくれて、音を盛り上げてくれました。

そんな彼も私たちの帰国を寂しがってくれて、送別会をご自宅で開いてくれました。

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古い家の裏には大きな庭があり、アメリカンチェリーやりんご、ブドウの木があり、季節ごとに目を楽しませてくれます。

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今はぶどうの季節。食事の前にブドウ狩りをさせて頂きました。

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中でも家庭菜園で作られたトマトはとても甘くておいしかったです。自家栽培の紫蘇やみょうがも柔らかくて香りがよくおいしかった。
ちょうど奥様(日本人です)は帰国中でご不在でしたが、彼の得意料理、インド料理をごちそうになりました。

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涙目になって別れを惜しんでくれた彼。
日本にも是非遊びに来て下さいと約束して別れたのでした。

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Hinako's 4th Birthday Party

2006年09月16日[16:16:52]
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9月16日土曜日にDuke Parkでひなこの4歳のお誕生日会を開きました。
帰国前1週間とあって、たくさんの方が別れを惜しんで来て下さって、
日本人は9家族、プレイグループから5家族、プレスクールから3家族、計
大人24人子供28人でお祝いしました。
お天気も快晴、涼しげな秋風のもと、ほんとに思い出に残る
素敵なパーティになりました。

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たくさんの方に招待状を配っていたので、ケーキも大きいのを二つ、
荷作りの手を休めて前日の晩に徹夜して作りました。
中にはカスタードクリームと生クリームを混ぜたクリームが苺と一緒にサンドされたケーキです。今回は日本人も多いということで、見た目より、味を重視しました。カスタードってほんとに甘酸っぱいフルーツと合うんですよね。
ひなこにはやっぱりプリンセスは外せなくって、真ん中にだけシンデレラを
飾りました。ちょっと物足りなさそうでした。

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ペアレントの方にはプチデザート3種。これも2日前からちょこちょこと作り置きして準備。トルコのお菓子バクラバとプチシュークリーム、キャラメルチーズケーキバーの一口サイズを30個ぐらいずつ。どれも好評だったようでほっと一安心。

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ひなこのベストフレンドの一人Katrina。この秋からモンテッソリーの別なプレスクールに変わったので会えなくなっていたのですが
この度声をかけたら喜んで来てくれました。久しぶりに会えた二人、ひなこもだいぶ英語に自信を付けているので、嬉しそうに話したり遊んでいました。
最後に会えてよかったね〜。

親は英語と日本語の対応でばたばたしていましたが、みなさん(日本人のママ)が主催者は忙しいでしょうからと気を利かせて写真やビデオを
我が家のために取ってくださいました。
やっぱり日本人は違うわ…。
最初から最後までいて、荷物をも持ったりと準備や後かたづけまで
手伝ってもらって…。
我が家はほんとに最後まで友人に助けてもらいっぱなしでした。
みんなありがとう!

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Susie & Adam

2006年09月15日[16:24:50]
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帰国前1週間となり、連夜送別会が続いています…。

今日はplaygroupのママ友達の一人、Susieとその旦那さんAdamが食事に誘ってくれて、DurhamにあるNinth stのフレンチビストロVin Rougeという店に行ってきました。お互いに子供二人ずついるので、今日は大人だけ。

フレンチスタイルとあって赤の壁に黒と白を基調としたシンプルな色遣いが逆に
洗練された雰囲気を持っていました。久々にこんな店に来ました〜。お勧めです。
http://www.ghgrestaurants.com/vinrouge/vinrouge.html

なので、今日は久しぶりにゆっくりおしゃべりと食事ができました。
アメリカでは妻の誕生日や夫の誕生日などスペシャルな日だけベイビーシッターに頼んで、夫婦二人水入らずで食事をしてたくさん話すらしく、それがアメリカ流の夫婦の仲を長持ちさせる秘訣だそうです。何て素敵なのかしら!!
それでこんなに二人はラブラブなのね…納得です。

うちも結婚前はかつてはロマンティックな人でした…と言うと、皆爆笑。
その辺は一緒らしい。
やっぱり釣った魚にエサはやらない心理は世界共通?

日本は旦那さまの帰りはすごく遅くて働き過ぎだし、妻もベイビーシッターなどがあんまり普及していないので、あんまり預けるところもなくて、気分転換をするという雰囲気はあまりないし、さらに夫婦のお互いのお誕生日なんて結婚したらお祝いもあまりしない…という話をしたら、あまりの文化の違いに質問攻めにあいました。

どうやって夫婦の仲を保つのか?   
いつ夫婦で話すのか?
その状況になんで耐えられるのか?

我慢のみです…。

あ〜なんて日本はつまらない国なんでしょう。と思ったかもしれません。
でも絶えずアメリカの情報や流行ややり方を真似ている日本。
10年後は分からないですよね。とフォロー…。

我が家はせめてアメリカ流にしたいですよね、旦那様。
そこのところよろしくお願いしますよ〜(^^)

さてお料理、おいしかった〜。お値段も高くもなくといった感じ。

NY strip steakとマッシュドポテト
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ヒラメのセロリのソースとマッシュドポテト
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彼女にはほんとにお世話になりました。彼女と出会ったことがきっかけでプレイグループに誘ってもらい、たくさんの出会いがありました。そしてたくさんの思い出もできました。

アメリカへ渡ってきた当初ははっきりと自分の意志や考え方、Yes or No、をうまく表現できなかった(日本人はこれが苦手、特に議論!)のですが、彼女の、物事に明確な答えが得られるまで質問するという突っ込んだ会話で徐々に鍛えられ、世間話や文化の違いを話すうちに、アメリカ人の考え方やスピリッツの部分も学び、私自身の中で意識改革が行われたくらいです。アメリカ女性が強く見えるのはこのへんの所以かも知れませんね。

でも言葉にして自分の考えを示すというのは生きていく上で人との摩擦を避ける
上手なやり方かもしれません。暗黙の了解とか、お互いの常識範囲内でとか、「あ、うん」とかでお互いを理解できると思っているのは日本人だけで、実際、黙っていて誤解されたりすることも多いですよね。

日本に帰ってもたくさん話そう。




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Myrtle Beach〜まだまだ遊びます!!

2006年09月12日[10:23:32]
帰国2週間前のこの週末。Myrtle Beachに5家族で行ってきました。家族サービスと見せかけて、実はご主人様方(バンド仲間)は土曜日の夜House of Bluesで行われる、3大ギタリストの一人Jeff Beckのコンサートが目的だったという陰謀の香りがぷんぷんする旅行でした。私も帰国前の冥土のみやげに、実は参加させて頂き、子供達は他のお母さん方に一緒にみてもらっていたのです。ほんとに有り難い!!

ライブのすばらしさは旦那様のライブレポートに任せるとして、…。

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まずはMyrtle Beachの全景。やっぱりビーチは気持ちいいね。

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翌朝はこの桟橋で早朝釣り。

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子供達は砂浜で思いっきりどろんこ。

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なぜかかなちゃん、中腰になりお姉ちゃん達の遊びに参加。

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子供達も釣りに参加。

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持って帰っためばるっぽいお魚はお煮付けに。
それ以外のお魚ピンフィッシュはお刺身に。

久々のめばるのお煮付け…
魚の臭みが強くて、ずっとお煮付けなんてあきらめて作ってなかったけど、
煮ている間中、懐かしい匂い。
ほんとにメバルの味でおいしかった〜。

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Eno River State Park

2006年09月06日[05:10:22]
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Eno River State Parkにplaygroupで行ってきました。今日は9月4日のLabor day。仕事がお休みとあってお父さんらも参加のプレイグループでした。

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最近、私の帰国を前にみんながいろいろ企画してくれていて、いろんな場所に
連れ出してくれます。いつもは近所の公園で終わることが多かったんだけれど…。みんなありがとうね。


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釣りが好きだというJohnとお父さんのAdam。初心者なのに5匹も立て続けに釣って、…。ショック〜!!

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私も久々にバス小ぶりなのを一匹ゲット。ちっちゃい〜。

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この魚はクラッピーといってブルーギルの仲間らしいです。この魚が超簡単に連れるんです。

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ギターケーキ

2006年09月03日[21:43:05]
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大仕事でした。土曜日にHillsborough のライブハウスにやってくる神がかったギタリストChrisと日本の誇れるブルースバンド Bluestoneの夢のジョイントに旦那様が急にケーキを持っていきたいと言い出しまして…。

しかもギターの形をしたケーキとのたまう…。

ラウンドで楽しようと思っていたら、見つかってしまい、
やっぱりギターの形がいいとこれまたのたまう…。
ここまで来ると旦那も「ギターの形がいいよお」とのたまう小さな息子に見えてしまう…。

結局23x33cmの大きなスポンジケーキを焼いて、ギターの形にしました。
中にはマスカルポーネムースをはさみ、ティラミス風。

しかし、夜中の2時に事件が起こりました!

スポンジを上下2枚にスライスして、コーヒーシロップをハケで塗り、ムースを流し込み、もう一つのスポンジをかぶせようとしたところ、手に持った瞬間、びりびりびり〜!!!!

スポンジが柔らかい上に大きすぎるので、重みに耐えれなかったのです。

半泣き状態になって呆然とした私…。

ふて寝しました(爆笑)。

自分を落ち着かせながら、どうしたらリカバリーできるか考えた末に、破れた方のスポンジを底の方にして、上下逆さにしました。
そして生クリームでデコして固めてしまうことに。

本当はスポンジ、いい色にきれいに焼けたので、焼き色を利用してコーヒーシロップとアプリコットジャムで琥珀色に表面をナッペしようと思ってましたけど、今回は断念。
生クリームとココアパウダーでデコしました。
次回は琥珀色作ってみたいな〜。





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